Sunday, December 1, 2013

ぱっとしないイギリス旅行記

私は割といろんなとこに行ってるし、はっきりした目的を持った長距離移動には慣れているけど、いわゆる旅行好きではない。生活圏から抜け出すこと、移動することによる精神的な恩恵をはっきり期待して旅行を計画したのは、今回が初めてかもしれない。ここではないどこかの私は、魔法が使えるかもしれない。知らない人が、私をルーザーと嘲笑してくれるかもしれない。一杯のおいしいビールが、神の啓示をもたらしてくれるかもしれない。かき捨てた旅の恥とともに、心の重荷も置いてこられるかもしれない。海を超え未踏の地に立てば。    

暗い。実に暗い。正式な旅の目的はビョークのコンサートと古い友人を訪ねることだが、観測史上まれに見る落ち込み様を気まぐれにざっくばらんに開陳すれば、そんな藁をもつかむ思いだった。毎日泣いていた。海外旅行どころか、できればカーテン閉めて布団にもぐって半年くらいずっと寝ていたかった。そんなタイミングでのひとり旅、吉と出るか凶と出るか。賭けで、祈りだった。大げさに言うのならば。
8月29日。おしゃれ着もサンダルも持たず、機内持ち込みサイズのスーツケースで搭乗。13年ぶり2度目のヨーロッパ。機内で見たBefore midnightで静かに嗚咽。リチャード・リンクレーター監督のBeforeシリーズの3作目は、相変わらずの言葉攻め。主人公二人がすっかり大人の夫婦になってて、映画に爽快な勢いを与える恋のときめきというものもなく、「こいつうぜー」と「あるある」を繰り返す男女のディスコミニケーションな会話を切り取り積み重ねていく。前2作以上に地味だけど痒いところをくすぐる小粋な作品。いつでもどこかが痒いのが人生さ。機内は空いてて快適。

夜10時、ロンドンに着く。ATMでポンドとユーロが選べる。というか通貨の記号もよく分からない。下調べせずに来たのでどちらが使われてるのか分からず、隣の人に聞く。英語は通じるし、普段もアメリカ人で外国人として生活してる私なのであまり外国に来た感はない。地下鉄で街を横断、宿はShoreditch(ショーディッチ)というロンドン東側のエリア。チェックインして近所を散歩。深夜。若者の集まるエリアということで通りに人は多い。近くのバーで、サンフランシスコに住みUKフランスをツアー中のサイケデリック・ロックバンドと知り合い、週末に郊外であるフェスに誘われる。翌日早いからと彼らはすぐ退散。私もジンをロックを1杯飲んで、静かに寝る。悪くない初日。

 翌朝、宿からの眺め。天気いいし気持ちいい。ぴりっと澄んだ空気。高い空。かつてスイス・オーストリア・ハンガリーあたりを旅行したときも確か9月だった。その時も空気が心地よくて、気分が盛り上がった気がする。そうか、これは気持ちの良いヨーロッパの初秋だ。

10分ほど歩いたカフェでコーヒーを飲み、やっと開いたLonely Planetをざっと一読。しかし体調がいまいちで歩いて宿に戻り横になる。元気ない。まさか風邪。。。日が暮れた頃に起きだし、バスに乗り国立美術館へ。そこで働く大学時代の友人さとこさんと会うため。絵はダヴィンチの2枚だけを待ち合わせ前に余った10分ほどで見る。チャイナタウンでお茶飲み中華食べながらお互いの10年をざっとおさらい。久々にまとまった量の日本語を話す。

それからロンドン東部に戻り、さとこさんのお友達と合流しDalstonのゲイナイトへ。小さなパーティ、ゲイハウス/ディスコ、平和に踊る人々、熱気、安全な場所。私が今住む町には、こういう、換気の悪い小さな地下のクラブはない。大学生の頃によく遊んでいた新宿二丁目のクラブを思い出す。faghagというアイデンティティを最近忘れていた。体調はすぐれない。ここから4日くらい、ロンドン東部の狭い範囲のみを移動、おもに宿周辺に留まる。

翌日から本格的に風邪。昼間はだいたいカーテン閉めて布団にもぐってずっと寝ていた。日が暮れる頃に、仕事が終わって帰宅したさとこさんのところにバスで行って夜ご飯を食べさせてもらう。食べ終わるとぐったりしてまた宿に戻り寝る。精神的にもこれ以上に沈めない闇の底をうろうろしていた。Shoreditchで一番悲しい女、それが私。インターネットがあればメールやSNSだけじゃなく電話のテキストも使えてしまう昨今、海外旅行に行ったからって普段の生活圏を精神的に離れることは難しい。いろんな意味でこんなはずじゃなかった。でも、じゃあどんなはずだったのか?

安宿のシャワーが使いにくいので友達の家でシャワーをあびることにして、寝癖ごとティータオルで 頭を巻く。

イギリス(ロンドン?)のアパートは洗濯機がキッチンのシンク横にあることが多いようだ。 さとこさんのお友達みちこさんが食器を洗う。

風邪のピークが過ぎた3日後、みちこさんに誘われ、ノイズ音楽のイベントにも行く。マンションの1室で、飲み物持ち込んでよくて。大都市にいることを実感する。ほっとする。この時点でまだ、明るい時間にほとんど外を歩いていない。食事も、さとこさんちと宿の隣のアジア食材店の冷凍食品以外ほとんど食べてない。

翌ロンドン5日目、やっと風邪が過ぎていき、上を向いて歩ける。宿から駅に歩く間に見つけた服屋でローカルブランドのサンプルセール品を買う。一点モノの奇抜な服がたくさんある。こういう楽しみはいま住んでる小さな街にはない。天気も相変わらず最高。そしてまたさとこさんちへ。スコーンを焼いてくれた。ジャムも手作り。クロテッドクリームとジャムをつけて食べる。するっとお腹に収まる。紅茶によく合う。このあとイギリス滞在中いろんなところでスコーンを食べてみたのだが、結局これが一番おいしかった。そしてビョークの会場へバスと電車を乗り継ぎ向かう。

会場の前。眺めがいい。4ヶ月くらい前にこのコンサートのチケットを買っていなかったら、このイギリス旅行もなかった。この日のビョークは体調不良っぽかった。歌詞を間違えるのが何度もあった。しかも将来のリリース用に撮影してるとかで、やり直した曲が3曲。音響もこれでいいのかという雑な設定で、なんか色々としっくりこないショーだった。憂鬱な私は気に入らない点ばかり見つけてしまうのかもしれないけれど。それにしても。

 コンサートにはさとこさんの友人、若きフランス人N君も来ていた。終了後に合流し、乗客もまばらなバス二階でビールを飲む。オリーブも食べる。何気ないこういう場面が、妙に楽しい病み上がり。いま住んでる街ではバスでビールを楽しむのは色んな意味でちょっと無理だしね。同じ東京の大学に通った我々、10年後の今、ひとりはアメリカ英語を話し、もうひとりはイギリス英語を話す。私もイギリスにいる間、質問文の語尾のイントネーションは下げてみる。質問文に限らず語尾の上げ下げが、英米で大きく違う。アメリカはアゲアゲである。普段からついていけない。

翌日。Shoreditchに近いBrick Laneの割とおいしいコーヒーを出すカフェで食べたサンドイッチがまずくて思わず写真を撮る。まずいというか、素材も悪くないのだが、味付けがない。飯にうまいまずいをあまり求めない文化をかいま見る。作り間違えたのかもしれないけど。それにしても。

 宿の前でバスを待つ。自転車やスクーター、バイクがいっぱい走っている。渋滞するバスや車をすり抜けていく。バイク乗りがみんな防水な感じの専用服&ブーツで参考になった。

この宿、場所がとても良かった。ダウンタウンと住宅街のちょうど境で。このあとさとこさんは休暇でトルコに旅だち、私はこの宿をチェックアウトし、さらにディープなロンドン東部のHackney(ハックニー)のさとこさん宅に滞在する。

ロンドン内に何カ所か支店のあるMonmouth coffeeにて。どの豆を買うか迷っていたら、3種類サンプルで出してくれた。どれもおいしい。豆を洗わず天日で自然乾燥させる製法のコーヒーの味に目覚める。これにまろやかな黒砂糖を混ぜたのが、こういうコーヒーもあるのかという衝撃的なものだった。同じ豆を買い帰国して自宅で作ってみてもあの見事な深みが出ない。水のせいか、なんだろう。
日本の精進料理を見つけ、行ってみる。ホグワーツ行き特急の始発駅King's crossの近く。そこで手に取った日本を紹介する英語フリーペーパーで、神宮前のバーbonoboの記事を見つける。東京で恋しい場所のひとつに、こんなところで遭遇するとは。料理は真心を感じる暖かい和食で、おいしゅうございました。(Itadaki Zen

そして生ガキ。テート・モダン美術館の近くにあるBorough Marketという、グルメ食材が集まるマーケットで。 鮮度なのか何なのか分からないけど、臭みのまったくない輪郭のはっきりした味。うんまい。


牡蠣メニュー。シーズン始まったばかり。いろんな店で何種類か食べた。やはり養殖業者/漁師直営店が、鮮度で他を圧倒するようだ。

 初めて、ほんもののモツァレラ(水牛の)を食べた。びっくりした。酸味に甘みに塩みに口の中での全方向への力強い広がりが私の知ってるモツァレラと全く違った。ヨーロッパ外ではめったに食べられないようだ。イタリア行かなきゃ。
フランス産のいちじく。トルコ産のはたくさん売っててけっこう食べたんだけど、このフランス産のは格違いだった。いちじくにつきものだと思っていたえぐみが全くない。うっとりできるまろやかあな甘さ。値段もさすが、トルコ産の数倍。テムズ川にて。

以上が、おいしかったもの。他は全体的に、食文化のノリは今住んでる場所とよく似てるな、と。やっぱり肉卵乳製品小麦が多いとか、おいしいのは移民系料理とか、サンドイッチが多いとか、フードトラック系のポップアップが人気で看板はかっこよさげだが高くておいしくないとか、安くて美味しくかつ洗練されたものは見つけるのが難しそうとか。ヨーロッパ各国の美味しいものに近いのは良い。やっぱりイタリアとフランス行かないとな。

 ロンドン橋の隣の隣の橋を歩いて渡る。あふれる柔らかい光が、ターナーの絵のようだった。とはいえターナーの絵がいっぱいあるらしいテート美術館には行ってもいないのだが。そもそも絵はほとんど見てない。博物館にも行ってない。ミュージカルも見てない。展望台にも登ってない。宮殿にも寺院にも行ってない。長い時間を、ベッドの上と、バスの中で過ごした。

以上がぱっとしない私のロンドン旅行記。もちろんそれなりに面白いことはあったが、何しろ全体的に悲しいので、こうやって書いて一目にさらし、正式に過去の思い出としたい。焼くのに失敗したパイをお裾分けする感じでごめん。冴えない私も愛してくれ。

このあとケンブリッジにも行き、お世話になった友人ちもと家が全員風邪で、弱っていた私もしっかりそれを拾い翌日はまたベッドで過ごした。夕方近くにぼちぼち歩いて街を見たが、観光名所はもう閉まっていた。ヨーロッパの古い小さな街らしく、古い建物に石畳の細い道、中心地に店が集まって、静かできれいだった。住みやすそうだが、魚でも釣りに行かないと食的に行き詰まる予感がする。
ちもと息子はスパイダーマンとアングリーバードが大好き。やはり10年以上の付き合いのある友達と話すのはいいものである。それだけでも海を越える価値はある、なんてことも、10年前は考えたこともなかったね。